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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)92号 判決

原告 社団法人実践倫理宏正会

被告 特許庁長官

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四十三年四月二十七日、同庁昭和四〇年審判第七、二〇九号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴の請求原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三十九年十一月二十七日、筆書太字の楷書体で「宏正」の漢字を左横書きして成る商標(以下「本願商標」という。)につき、第二十六類新聞雑誌その他の定期刊行物を指定商品として、商標登録出願をしたところ、昭和四十年九月十日、拒絶査定を受けたので、同年十月三十一日、審判の請求をし、昭和四〇年審判第七、二〇九号事件として審理されたが、昭和四十三年四月二十七日、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年六月二十二日原告に送達された。

二  本件審決理由の要点

本願商標の構成、指定商品及び登録出願年月日は、前記のとおりであり、登録第六三八、二七五号商標(以下「引用商標」という。)は、墨書き楷書体で「佼成」の漢字を左横書きして成るもので、印刷物(文房具類に属するものを除く。)、書画、彫刻、写真を指定商品として、昭和三十七年五月二十三日登録出願され、昭和三十九年三月七日登録されたものである。そこで、両商標を比較すると、両者は外観の点においては類似の範囲を脱するが、称呼上からみるときは、「コウセイ」の称呼を共通にするから、両商標は観念の異同について論及するまでもなく、類似の商標たることを免れないのみならず、指定商品についても牴触する。したがつて、本願商標は、商標法第四条第一項第十一号に該当し、同法第十五条第一号の規定に基づいて、その登録を拒絶すべきものである。

三  本件審決を取り消すべき事由

引用商標の構成、指定商品、登録出願年月日及び登録年月日、並びに本願商標と引用商標とが称呼を共通にし、指定商品において互に牴触することは、審決認定のとおりであるが、本件審決は、次の点において商標の類否の判断を誤つた違法のものである。

本願商標を付した定期刊行物は、社会倫理実践の教化普及を目的とする原告法人が、その目的達成のため、会費を納入した特定の会員に対し、直接、または全国に散在する支部を通じて、手交または郵送するものであり、一般店頭において販売するものではなく、称呼のみで取引されることは一般に行われていない。そして、右定期刊行物は、引用商標登録出願より約十年前から前記のような流通方法により取引され、今日月刊三十六万冊が約百五十万戸の家庭に配布されているが、その間、引用商標の商標権者である宗教団体立正佼成会の刊行物と誤認、混同されたことは全くなかつた。右の取引の実情に照らせば、本願商標が引用商標と称呼上類似するものであつても、外観、観念において非類似であり、商品の出所の誤認、混同を生ずるおそれはないから、右の取引の実情を無視し、称呼の類似のみをもつて両者を類似の商標であるとした審決の判断は、誤りである。

第三被告の答弁

本件の特許庁における手続の経緯、本願商標及び引用商標の各構成、指定商品、登録出願年月日、引用商標の登録年月日並びに本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認めるが、原告のその余の主張は争う。本件審決の判断は正当であり、原告主張のような違法はない。商標法四条第十一号の規定は、商品の出所の誤認、混同を生ずるおそれのある場合を予見し、他人の不正な商標の使用を未然に防止するための公益的規定であるから、右規定による商標の類否の判断は、商標の外観、称呼及び観念の三点について検討し、そのうち一点において類似する場合は右法条にいう類似の商標と判断すべきである。本願商標と引用商標とは、称呼の点において類似し、指定商品も牴触するから、類似の商標たるを免れない。原告主張の取引の実情とは、本願商標を不正競争とならないように使用しようとする商標の使用方法の限定に過ぎず、商標の類否の判断とは関係がないものである。

第四証拠〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標及び引用商標の各構成、指定商品、その登録出願及び登録年月日並びに本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであること並びに本願商標と引用商標が称呼において類似し、指定商品が互に牴触することは当事者間に争いがない。

(審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、本願商標を付した商品の取引の実情を無視し、称呼の類似のみをもつて本願商標と引用商標を類似の商標であるとした点において、判断を誤つた違法がある旨主張するが、原告の右主張は理由がないものといわざるをえない。すなわち、指定商品が牴触する両商標がその外観、称呼及び観念のうち一点において類似する場合は、指定商品の取引の一般的実情等により、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとは認めがたい客観的な事情のある場合は格別、そのような事情がない限り、両者は相類似するものというを相当とするから、このような事情の認むべきものない本件において、その指定商品において類似し、かつ、称呼において類似すること前記のとおり当事者間に争いのない本願商標と引用商標とは、相類似するものといわざるをえない。原告は、この点につき、本願商標を付した定期刊行物は、一般店頭において、販売されるものではなく、特定の会員にのみ配付されるのが取引の実情であるから、引用商標を付した商品と誤認混同を生ずるおそれはない旨、主張する。しかし、本願商標を付した定期刊行物が従来原告主張の取引方法によつてのみ販売されていたという状況は、仮にそれが事実であるとしても、それは、需要者取引者間における一般的取引の実情によるというより、主として原告の主観的意図に基づき、たまたま、そうであつたというに止まり、指定商品たる定期刊行物の客観的性質に基づくものでもなければ、社会倫理実践の教化普及という原告法人の目的から必然的に定まつた取引の方法とも認めがたいから、原告の主張する「取引の実情」なるものは、所詮は、原告の意図によつて将来変更されることも予見される浮動的な取引状況にすぎないとみるのが、相当であり、このような「取引の実情」は、これによつて商品の出所の誤認、混同をきたすおそれがあるとは認めがたい事情とするには足りないものといわざるをえない。したがつて、本願商標と引用商標を類似の商標であるとした本件審決の判断は正当であるということができる。

(むすび)

三 以上のとおりであるから、その主張のような違法があることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。

よつて、本訴請求は、これを棄却することとし、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 滝川叡一 奈良次郎)

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